日本の歴史学習魅力楽しみ方

とにかく日本の歴史が大好きです。特に幕末から明治維新にかけての時代が最高に好きです。 今現在住んでいる場所がかつて幕末から明治維新にかけて、一番の原動力とり影響力を一番発揮した薩摩藩直轄地であった鹿児島市です。この鹿児島市は歴史好きの私にとってはとにかく刺激的で大変魅力的な街なのです。 薩摩藩といえば、まず誰しもが思い浮かべるのが西郷隆盛でしょう。それに大久保利通や篤姫などといったところでしょう。NHK大河ドラマの影響もあり、この三者は大変有名かと思います。 ただ歴史好きな私から言わせれば、この三者ほど有名ではなくとも、この三者に負けず劣らず歴史上の数々のターニングポイントで功績を残し、その影響力を大きく及ぼした人物が数多く薩摩藩にはおります。 その代表格は何と言っても島津斉彬でしょう。江戸時代後期から幕末にかけての外様大名で、第11代薩摩藩主でありますが、この方はとにかくその当時からもいわれていましたが、「名君」の名にふさわしい傑物です。 先の西郷隆盛を挙げましたが、正直西郷隆盛がここまで有名になったのはこの島津斉彬の功績によるものです。むしろこの島津斉彬との出会いがなければ、間違いなく西郷隆盛はここまで有名になりえることはなかったでしょう。 西郷隆盛は生まれも育ちも下級武士の家柄で、特に上下関係の厳しかった薩摩藩においては冷遇される立場でありました。しかしそんな西郷隆盛を引き抜き、歴史の表舞台へと立ち上がらせたのはこの島津斉彬のたぐいまれな先見の明によるものです。 西郷隆盛が郡方書役時代に農民の苦しい生活状況を嘆願書のように手紙にしたため、何度も上層部へと送り付けたのですが、それら手紙の内容とともに西郷隆盛の存在自体が島津斉彬の目に留まり、その秘めたる素質を見出し、御庭方役というそれまでの下級武士では考えられない大抜擢を受けます。 そのことがきっかけとなりその当時の将軍継承問題へと発展していくのですが、その中で西郷隆盛は数々の実績を残していきます。時には島津斉彬直々に内密の伝令を受け取ることすらあり、まさに島津斉彬の手となり足となり日本全国を駆け巡るのです。 ただ英雄は短命であり、この揺れ動く時代の中島津斉彬は体調不良によりこの世を去ります。満49歳という年齢でしたが、その死因については一説では暗殺説もささやかれることがあります。 いずれにせよ間違いなく日本の行く末を案じてその先に起きうるであろう出来事を予見し、その時代にすでに様々な改革を行っていくのですが、それら斉彬の先見性の正しさを証明されるのは悲しきことに斉彬本人が亡くなった数年後のことになるのです。 まさに歴史上における最大の傑物であることは間違いありません。

イビサクリーム安全

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です